これまでの日記
- ・2025年1月 (1)
- ・2024年8月 (1)
- ・2024年7月 (2)
- ・2024年3月 (1)
- ・2024年1月 (1)
- ・2023年12月 (1)
- ・2023年9月 (1)
- ・2023年8月 (1)
- ・2023年4月 (1)
- ・2023年1月 (2)
- ・2022年11月 (2)
- ・2022年8月 (1)
- ・2022年7月 (2)
- ・2022年6月 (1)
- ・2022年4月 (1)
- ・2022年3月 (1)
- ・2022年2月 (2)
- ・2022年1月 (4)
- ・2021年12月 (1)
- ・2021年11月 (1)
- ・2021年9月 (3)
- ・2021年8月 (2)
- ・2021年7月 (2)
- ・2021年6月 (7)
- ・2021年5月 (5)
- —2022.03.13
- 東日本大震災から11年
あの日、私はいつものようにラジオを聴きながら
自宅で仕事をしていました。
揺れは大きかったものの棚から少し物が落ちたくらい。
そして、ラジオやインターネットで
東北でとんでもなく大きな地震があったことを知り
仕事中のパソコンで
町を飲み込んでいく津波の映像を見ることとなりました。
もともとその時期は、東北新幹線経由で
青森に行く取材計画を立てていました。
しかし乗りたいローカル線の運行日が
スケジュールと合わず先送りにしていました。
計画を実行して東北に居る可能性もありました。
宮城県は仙台を中心に3回くらい訪れています。
被災してしまった場所やその付近の写真があるので
何枚か続けて「日本の片隅」のコーナーに掲載します。
撮影地の宮城のところをクリックしてください。
どなたかの心に届きますように。